改革長老教会の伝統とわたしたちの教会の未来―教会と神学校をどう改革するのか
関川泰寛
1 わたしたちには変化が必要
1新型コロナウィルスの感染拡大とウクライナ戦争による経済の大変動は、わたしたちの教会の在り方を直撃しています。教会の教勢の衰退、経済の縮小、教会員の高齢化、若者の減少、教会学校の不振など、目に見える教会と教団の衰退は誰の目にも明らかです。この衰退にどう対処するか、教団にあって、改革長老教会の伝統をどう維持し、継承するかという大きな課題にわたしたちは直面しています。
結論から言えば、今改革が必要です。わたしたちが大胆に変化することが求められています。その改革は、説教の改革であり、牧師のつとめの改革だと思います。さらには、教職養成のあり方も改革しなければなりません。わたしたちの教会は、改革や変化を受け入れない体質が染みついているために、伝道力を落としています。伝道の力の回復のためには、連合長老会や日本基督教団改革長老教会協議会運動に加わっている諸教会が変化することが求められるでしょう。もちろん変えてはならない事柄も存在します。しかし、変えてはならない事柄があることを口実にして、変化を拒むことは、改革長老教会のあり方からは、もっとも隔たっています。
わたしたちの世代は、自分が外国で学び、それを日本に紹介することで精一杯でした。もちろん、その中で日本という宣教地に、独自の神学的な営みを適用する試みがなかったわけではありません。しかし、大部分は、バルトやその後のドイツ神学などの欧米諸外国の神学の紹介にとどまり、バルト神学の影響下の文化否定的な側面を受け継いで、教会が日本社会や文化、宗教と折衝して、自己形成する努力を怠ってきたように思います。文化や社会と密かに孤立して、教会形成と伝道を行うことが教会のアイデンティティになってきたように思います。
その結果、教会形成が自己目的化して、伝道と文化摂取のダイナミズムが失われ、改革教会を生かしてきた本来の伝統概念が捻じ曲げられて、「長い伝統」を持つ教会の「伝統」が、「聖書と伝統」というときの「伝統」に等置されて、その「伝統」の中にいる教職者の存在が神話化されて、創造性と想像力が疎かにされてきたのではないでしょうか。
この傾向は、日本基督教団内の「善良な」教会に蔓延し、神学校もこの神話化形成の片棒を担ぐことになります。神学者の業績や言葉が無批判に受容され、批判のないことがあたかも神学の正当性を示すかのように理解されて、学問的神学の研鑽が疎かにされ、神学と教会の緊張関係ではなくて、相互依存的で没批判という姿勢が共有されて、生ぬるい神学の土壌が形成されてきました。その「生ぬるさ」は、神学と実践の乖離、言葉と行動の矛盾です。わたしたちの課題は、この乖離と矛盾をいかに克服し、乖離したままの神学の問題性を的確に見抜く眼力を持つことです。ルターやカルヴァン、ボンヘッファーの神学が、これらの乖離と矛盾とは無縁であったことを知っています。わたしたちは、わたしたちの師の神学すら批判の対象として検証しつつ、新しい神学の形成を課題として自覚する必要があるでしょう。神学が学としての体裁を保つとすれば、神の言葉に照らして、あらゆる学的営みを問い続けるという批判を常に内包しているところにあります。
同時に、神学は、神の御栄光を現す営みゆえに、不正義や悪と戦うことを常としてきました。アタナシオス然り、ルター然り、カルヴァン然り、バルトやボンヘッファー然りです。悪と対峙することのない神学は、結局言葉遊びにすぎません。見て見ぬふりをして、傷ついた旅人の傍らを通り過ぎる偽善者の神学です2。
さらに、明治以降、わたしたちの先輩たちが宣教師たちから信仰を伝えられてクリスチャンになったことを忘れて、国内と国外への伝道を疎かにしてきた深い自己反省を遅ればせながら抱いている次第です。
2 伝統概念の再吟味
伝統という言葉は、聖書とは区別されて、初代教会より絶えることなく伝えられ、実践されてきた教会の教え、信仰の基準、信仰告白さらには礼拝の慣習などを意味します。聖書を唯一の規範とするプロテスタント教会もまた、これら伝統なしには、信仰共同体として存続しえないと認識してきました3。
新約正典の成立以前には、「信仰の基準」(regula fidei)と呼ばれるある程度定型化された信仰箇条が存在しました。テルトゥリアヌスやエイレナイオスは、聖書諸文書と並んで、父と子の二項、あるいは父と子と聖霊の三項定式の信仰告白を、教会の信仰と儀礼の規範として受け入れ、「信仰の土台」とみなし、この土台の上に教会の礼拝や教理形成を行いました。
3世紀末から4世紀にかけて、徐々に新約聖書正典が確定されると、信仰規準とともに、洗礼式を「生活の座」として整えられてきた古代信条が重んじられ、教会の生の根幹をなすものと認められるようになります。
古代の信条は、洗礼式における三度の浸水の際に、司祭が受洗者に質問する問答形式の言葉でありましたが、3世紀に入ると、それが洗礼志願者教育において、一結びの文章とされ、「機密保持の原則(disciplina arcani)」によって、最終段階で司教から秘義として伝承され、復唱される文章として整えられていきます。使徒信条やニカイア信条など、最終形態は4世紀以降のものであっても、3世紀前後の各地の古代ローマの洗礼信条に起源を持つことが定説となっています。
これらの「信仰の基準」や信条を伝統のもっとも重要な要素と見ると、古代教会においては、聖書の正典化と諸伝統の形成は、ほぼ平行して行われたのであり、キリスト教草創期は、聖書と伝統が併存して重んじられたと言えます。
伝統は、聖書とは切り離された、独自の信仰箇条を形成したのではなくて、後の用語に従えば、規範する聖書に規範された規範(norma normata)として存在しました。もちろん、歴史における生成と展開は、いつの時代にも例外や逸脱を生むことも事実です。伝統形成にあたっても、すでに四世紀のカッパドキアのバシレイオスには、教会の慣習を、聖書証言とは独立して東に向かって祈る慣習や十字を切ることなどを特別な伝統とみなす傾向が存在し、この傾向は中世のローマ・カトリック教会において増幅されていきました4。
改革派教会では、『ウェストミンスター信仰告白』に見られるように、人間の伝統を退け、聖書のみという原理が示されますが、同時にニカイア信条やカルケドン信条の告白するキリスト理解を継承していますから、教会の公同信仰を受け継ぐべき伝統としてとらえていることは明らかです。
日本基督教団における改革長老教会協議会運動は、その出発点から、教団にあって、明確な伝統概念を共有しています5。そこで、わたしたちが共有すべき伝統概念を再度確認することが大切です。
3 わたしたちにとっての伝統と聖書
以上述べたような歴史的な経緯を踏まえると、わたしたちが、聖書と伝統をどのように理解するかが自ずと明らかになります。
第一に、わたしたちは、聖書だけが、教会の教理の源泉であり、規範であるというプロテスタント的原理を今日でも重んじます。しかし、それは、聖書が、伝統と切り離されて解釈されてよいという意味ではありません。「信仰の基準」は、古代教父が属していた教会で説教され、教えられていたキリスト教信仰の要諦を箇条書きのかたちで書き留められて流布していたものであって、諸教会の信仰基準は、地域ごとに多様性はあったものの、類似した内容を持つものでした。しかし、信仰の基準は、簡素な文章であり、聖書本文があってはじめて内容を理解しうるものでもありました。別な見方をすれば、伝統は、三位一体の神への讃美頌栄という側面を強く持ち、聖書本文が証言する生ける復活の主へと礼拝者の心を向けさせる力であったとも言えます。それゆえに伝統は、聖書証言を明確にし、聖霊の働きによって聖書の文字を内的に照明して、信仰者の魂にこの生けるキリストを刻み付けるものと言ってよいでしょう。コリントの信徒への手紙(一)15章3節以下の復活権限伝承は、このことを良く表しています。協議会運動は、伝統の継承を自覚して出発しました。伝統の継承とは、生けるキリストの現臨への絶えることのない確信を伝達することです。ここから考えれば、わたしたちは自分自身の説教を見直さざるを得なくなるでしょう。み言葉の説教が、神の言葉であるキリストの臨在を指し示す言葉となっているでしょうか。
第二に、聖書と伝統は、臨在する生ける主イエス・キリストを讃美頌栄するという点で、共通性とともに連続性を持ちます。ヨハネの手紙(一)1章1~3節は、ヨハネが宣べ伝える現実は、単なる使信ではなくて、見て、聴いて、手でさわることができる現実であり、御父と御子の交わりであると語ります。御父と御子、そして聖霊の交わりこそ、古代信条の告白する信仰内容と言えるでしょう。宗教改革諸信仰告白は、意識的に聖書から古代教会へと継承されたキリスト論を継承することを明示しています。聖書と伝統の連続性は、当然のことながら、非連続のうちにある異端説を退けることになります。
第三に、伝統は、聖書との連続性を持ちながら、伝統概念が、神の言葉に基づいて自己を相対化する態度を常に内包しています。とりわけ改革派諸信仰告白は、自己の信仰告白の文言のうちにある種の過ちの可能性を認めており、信仰告白のいわば閉じた自己完結性を否定しています。このような姿勢は、改革派諸信仰告白の正典理解と結びついています。聖書正典が教会の制定によるのではなく、神の霊感によるという大前提は、自ずと規範する規範としての聖書と規範される規範としての信仰告白の区別を明確にします。日本基督教団にあって、教団信仰告白をあたかも不可侵なるものと考える立場は、改革長老教会協議会とは相いれないはずです。具体的に言えば、日本基督教団信仰告白は、プロテスタント諸信仰告白を継承して完成した唯一無二の信仰告白であって、これをもってすべての教会の営みを律するとともに、教会法の淵源と規定する立場は、プロテスタントの伝統概念からもっとも隔たっており、受け入れるべきではないということです。
第四に、以上から、諸伝統の連続性の問題が出てきます。諸伝統の連続性は、諸伝統の担い手である教会の連続性に存するのではなく、もっぱら聖書において証言される神の言葉であるイエス・キリストにおける神の自己啓示の歴史的連続性に依拠しています。そこで、信仰告白の非連続性は、神の霊感によって書かれた聖書諸文書の正典性の拒絶ないしはイエス・キリストにおける神の自己啓示への不信仰によってもたらされると言えます。バルトは、『教会教義学 神の言葉Ⅱ/3聖書』で、信仰告白を最終的、決定的に正当なものとして認めるのは、結局聖書であると述べるとともに、そのことは同時に「教会的な権威としての信仰告白の権威の減退を意味するのではなく、むしろそれを打ち立て、確認することを意味している」(邦訳326頁)と主張しています。さらに古い信仰告白と新しい信仰告白の時間的な相互限定について、「古い信仰告白と新しい信仰告白は互いにそれらの権威を造り出し、確認し合うことができるし、また互いにそれらの権威を造り出し、確認し合わねばならない」(同330頁)と語っています。熊野義孝は次のように述べている。「本当の伝統は、決して過去の記憶を唯一の資料とはせず、その逆に、つねにあたらしい決断を強いるようなやり方。そのような伝承作用、によって形づくられる。伝統は過去に向かうよりも将来に展望を拓くものであるとも考えられる」(『教義学 第一巻、37頁』。
ここから、諸伝統の連続と非連続は、思想の発展のような連続と非連続では捉えられないことがわかります。あるいは同一平面上の直線や図形の連続や非連続の類比でもとらえられないのです。規範する規範としての聖書正典が、次元を異にする場所から、伝統の連続と非連続を照らし出すと言えます。
そもそも日本基督教団にある改革長老教会協議会運動の基本線と申し合わせは、このような伝統理解を前提としないと、十分にとらえることができません。逆に言えば、この点を真に理解すれば、変化と改革への第一歩が始まります。
4 礼拝と説教、聖礼典理解を新しくする
先に述べた聖書と伝統理解を共有する教会の群れは、礼拝と説教、聖礼典理解を常に新しく変革する力を与えられます。
変革する力は、信仰者と教会に内在する力ではなくて、上よりの力、聖霊の力です。すでに改革長老教会協議会運動は、聖霊の積極的な働きをカルヴァン神学から学びました(第15回協議会「声明」参照)。カルヴァンは、聖書論とサクラメント論において、聖霊の積極的な役割を認め、神学体系の中で重要な位置を与えています。それによれば、聖霊によって書かれた神の書物である聖書は、説教されると、聖霊の照明によって、神の言葉となります。聖霊の照明なしには、聖書は人間の文字のままですが、ひとたび聖霊の照らしを受けると、言葉は、受肉した御子イエス・キリストを指し示します。
さらに、聖霊は、見える言葉であるサクラメントにも働き、信仰者を生けるキリストに持ち運びます。とりわけ、カルヴァンは、聖餐において、わたしたちの魂が高く上げられ、聖霊の働きによって、高挙の主イエス・キリストと一つに結ばれ、復活の生命に与ると主張しました。
カルヴァン神学における聖霊の働きの独自性の理解は、1560年の「スコットランド信仰告白」第12条にも見られます。そこでは、御霊は、神がイエス・キリストにおいて為し給う事柄の完成において働くと考えられています。
カルヴァンは、『キリスト教綱要』第三編において、信仰や再生、悔い改め、来たるべき生への瞑想、義認、祈りなどの主題を論じた後、第四編で、「神がわれわれをキリストとの交わりに招き、そこにとどめておかれる外的手段ないし支え」について、つまり教会、職制、聖礼典などを論じています。このような順序は、個人の内面における御霊の働きに一定の先行性を与えていることを示して、中世のローマ・カトリック教会の立場との相違を鮮明にしています。
しかし、同時にカルヴァンにあっては、聖霊は、教会に対置された個人をただ生かす霊ではなくて、個人と教会をともに頭であるキリストへと向かわせ、両者をキリストのかたちに造りかえるダイナミックな力なのです6。
聖霊は、わたしたちを真の生命であるキリストに結び付けるゆえに、わたしたちを支配するのではなくて、自由にします。この自由の中で、信仰者は、主イエス・キリストの讃美告白へと導かれます。霊のあるところには、真の自由があるゆえに(コリントⅡ3:17)、この自由の下に、霊の賜物を求め(コリントⅠ14:1)、「聖霊よ、来りませ」と祈り求めることができるのです。この霊の自由に与る者は、神の霊ではない諸霊を識別し(ヨハネ一4:1)、聖霊によって、終末に至るまで、地上の教会を整える課題を与えられることになります。
教団にあって、改革長老教会協議会運動に参加する諸教会は、この霊に与る者の自由さを失ってはならないと思います。教会は、その大小に関わりなく、すぐに「官僚化」し、いと小さき者の声を聴き分けることなしに、組織防衛と制度維持に走ろうとする傾向が強いものです。これまでの慣習、しきたりを真の伝統と取り違えて、慣習と制度防衛の誘惑に屈してしまいます。聖霊の自由さとは、イエスは主なりと信仰を告白する自由であるとともに、隣人を愛すること、助けることも行う自由です。ファリサイ派のユダヤ人たちは、その両方を持ちませんでした。
ここから、聖霊の働きは、信仰者の交わりである教会共同体へと注がれると理解されます。正典、信仰、職制という可視的教会を成り立たせる3つの座標軸は、いずれも人間の側からの探究によって形成されるものではなくて、いわば所与のものとして、神から、聖霊の働きによって賦与されるものです。
目に見えない普遍的な教会を信じつつ、終末時まで見える教会に集って、御霊の来臨を待ち望む信仰者は、聖霊が指し示す天に挙げられた御子イエス・キリストの支配の下に、その支配にもっとも相応しい秩序形成を委託されていると言えるでしょう。教会自体が聖霊を注ぎ、聖霊の力をその内側に保つのではなくて、聖霊によって導かれ、地上における伝道と教会形成力を与えられるのです。教会は、徹底して、聖霊の力の下に存在します。
したがって、聖霊は、教会の誕生のみならず、職制、正典、信仰という教会の可視的な側面に働きます。このような聖霊理解は、御父から発出し、その位格的な独自性を積極的に評価した東方教会の神学的伝統とともに、現代のプロテスタント神学の聖霊論構築の新しい可能性を示唆しています。マルチン・ブツァーからカルヴァンに継承されていく、改革教会の聖霊理解の伝統には、プロテスタント教会における豊かな聖霊論の系譜が存在することも忘れてはなりません。
[i] 新約聖書は、聖霊の本質と働きについて、多くの証言をしています。聖霊は、イエス・キリストのわざが救済の奥義であることを明らかにするとともに、受肉者の位置をあらわにします。聖霊の導きによって、信仰者はナザレ人イエスを「主」と呼ぶことができます(コリント(一)12:3)。さらに信仰者は、慰め主にして助け主なる聖霊の教導をいただいて、地上の生を送ります。聖霊は、わたしたちに再生と新生をもたらし、聖化へと導く特別な働きを行います(コリント一10:3,4、ガラテヤ5:16など)。聖霊は、わたしたちの祈りをささえ、執り成すとともに、信仰を堅く保たせます(ローマ8:26、ヘブライ7:25、ヨハネ(一)2:1、テモテ(Ⅱ)1:14)。これらの聖霊の具体的な働きは、主イエス・キリストの現臨を確実に信仰者に知らせる働きに収斂していきます。わたしたちの罪の贖いの死を遂げてくださったイエス・キリストは、死に勝利して復活し、その後天に挙げられて、神の右に座しておられる神の御子です。今は、わたしたちの目には見えませんが、聖霊として教会に臨み、働き給うのです。聖霊のもっとも重要な働きは、主イエス・キリストの現臨を信仰者に保証し伝えるところにあります(マタイ28:19、20など)。
5 改革教会の聖霊の積極的な理解から、協議会運動に関わる教会が変わる
改革長老教会協議会は、第1回申し合わせより、1890年の信仰の告白を失うべからざる信仰の遺産として継承し、日本基督教団の信仰告白を承認し、これらの信仰告白に基づいて、各地に信仰告白の一致に基づく伝道協力組織を結成すると申し合わせてきました。このために、協議会は、改めて、信仰告白の一致に基づいて、伝道協力組織形成を目指しましょう。そのためには、先に述べた一致した伝統理解に立って、説教の自己変革、教会理解の変革、神学校改革を目指して、地域から、日本、そして世界へと福音伝道に押し出されていく、教職と教会の形成が大きな課題となるでしょう。
(1) 植村の言う「根本信仰」に生きる
日本基督教団は、教団信仰告白と教憲・教規に基づいて、信仰と職制を保持・形成する教会です。教団信仰告白は、聖書という規範ととともに、基本信条、宗教改革諸信仰告白に準拠して(教憲第2条)、使徒信条に福音的な教理条項を前文として加えた簡易信条の伝統を受け継いで作成されたものです。
簡易信条の伝統は、言うまでもなく、1890年の日本基督教会の信仰の告白に範を取ったもので、伝道地である日本の諸教会の礼拝や洗礼、聖餐で用いることのできる短文の信仰告白となっています。日本基督一致教会は、ウェストミンスター信仰告白、同小教理問答、ハイデルベルク信仰告白、ドルトレヒト信仰基準を信仰告白として奉じ、諸外国の改革教会で策定された諸信仰告白をもって、教会の土台としていました(『覆刻・日本基督一致教会信仰ノ箇条』教文館)。
これに対して、植村正久をはじめとする日本基督教会の指導者たちの中には、いわゆる外国製の信仰告白を廃して、伝道地日本に相応しい信仰告白採択を目指す機運が生じ、組合教会との合同の挫折を経て、1890年に日本基督教会信仰の告白が採択されるに至りました(『改革教会信仰告白集』701頁以下参照)。
この信仰告白策定にあたっては、インブリーらの尽力大にして、前文には、ニカイア信条の反映があり、基本信条を継承し、宗教改革諸信仰告白に準拠する姿勢を明確に有していたことは明らかです(詳細は、拙著『二つの信仰告白に学ぶ』(全国連合長老会)参照)。教団の教憲2条は、この姿勢を継承しています。
日本基督教団信仰告白は、いわゆる会派問題が起こることによって、教義の大要に代わるものとして制定されたものです。1950年代初頭に生じた会派問題は、教団を分裂させる危機を孕んだものであり、北森嘉蔵氏をして、のちに「会派問題こそ、教団の最大の分水嶺であった」と言わしめたほどの出来事となりました。結局会派は公認されなかったために、旧日本基督教会に属していた一部教会が教団を離脱し、新しい日本キリスト教会を組織することになります。
同時に、教団信仰告白制定の背景には、旧組合教会系の諸教会のように、各個教会で信仰告白を定める教会や無信条主義をとる教会などがあって、信仰告白の拘束性をただちに合意できない状態がありました。戦後、教団内に残った旧日本基督教会系の諸教会では、信仰告白の「拘束性」の一致した理解が教団形成の要であるという議論が繰り返されましたが、教団信仰告白の「拘束性」とは、主体としての各個教会がどれほどそれを重んじるかという各個教会の側にかかっている拘束性であり、全体教会の「拘束性」の合意に達すには程遠いものです。また、全体教会での信仰告白の拘束性が承認されたとしても、それは国家の法が持つ拘束性とは根本的に異なり、どこまで行っても讃美告白を共有する自発的な拘束性に他ならないことも事実です。
教団信仰告白の「拘束性」は、法としての拘束性の不完全さを含意していますが、見方を変えると、自発的な教会群形成には有効に働くことも事実です。すなわち、教団は信仰告白においても教会の法においても、ある種の自由空間を認めるので、そこにこそ教団と各個教会の健やかな形成の鍵となる場所が存在すると考えられるのではないでしょうか。
信仰告白の拘束性が、高挙の主イエスの現臨のリアリティとその承認に由来するとすれば、信仰告白は、固定した一文章ではなく、改革教会がしてきたように、落ち葉の積み重なりのように、歴史的諸信仰告白を重んじるところに合意を見出すべきなのです。これは、協議会運動の出発点を、教団の信仰告白と教憲の側からも正当化するものです。
日本基督教団にあって、改革長老教会の伝統を重んじつつ教会形成と伝道に関わる教師は、このような信仰告白理解を共有するとき、新しい礼拝や説教、さらには聖礼典理解を共有し、根本的な信仰において一致する教団の諸教会の糾合が可能となります。かつて植村正久は、「凡そナザレの耶蘇を活ける神の独り子基督なりと信じ、其の十字架の完全なる贖ひに信頼し・・之を礼拝し、絶対的に之に服従し、現在にも永久にも総てを之に托し、総てを之に献ぐるの根本信仰に於いて一致するものならば、日本基督教会の最多数は何れの団体とも喜んで合同を商議するならんと予期せられて差し支えなかるべし」(「教会合同の声」『福音新報』800号、1910年10月27日、一部旧漢字を修正。落合建仁『日本プロテスタント教会史の一断面』日本キリスト教団出版局より引用)と記しました。
この植村の文章には、先の指摘した改革教会の伝統理解が暗示されています。植村は、歴史的な信仰告白の価値や重要性を知らなかったのではなくて、熊野の言うような、「決して過去の記憶を唯一の資料とはせず、その逆に、つねにあたらしい決断を強いるようなやり方。そのような伝承作用、によって形づくられる」伝統理解に立っていると見ることができます。
そうであれば、わたしたちの協議会運動は、旧教派の「伝統」の継承ではなくて、いかなる教派、団体とも、一致する心構えをもった運動です。植村の語る「根本信仰」で一致する諸教会の数を増やし、地域の伝道協力組織を作るところから始めなければならないでしょう。この一致は、聖霊の積極的な働きを通して、キリストのリアリティに生きるところから実現します。
(2) 自由空間に置かれた教区を超えて地域に伝道協力組織を作る
そもそも教団の自由空間は、教区の規定に示されています。教憲第6条によれば、教区は「教会的機能および教務」を行うところと定められていますが、同時に「地域的共同体」と規定され、教会ではないにもかかわらず、「教会的機能」を行うところとして、ある種の自由空間が賦与されていると言えます。教団においては、この自由さゆえに、教区ごとに神学的な傾向が異なるという弊害も生じますが、教区の自由空間における諸教会の伝道協力によって、新しい伝道の可能性を創造しうることも事実です。
現行の教憲・教規のままでは、教区の教会性を主張することは事実上不可能ですから、教区ないしは教区を横断するところに内在する自由空間に自発的な諸教会群を形成し、それを「教会的な」主体として確立して、伝道協力を進めることが得策でしょう。その際に、明確で完結した中会機能を持つ組織を形成することはできないゆえに、あくまでも「擬似的な」地域共同体形成にとどまらざるをえません。しかし、この「擬似的なもの」の形成は、純粋なものよりはるかに重要であることもあり、途上にある教会が、終末を目指して取り組む伝道の諸課題を担う主体となりうるのです。教会は、制度が完結しているよりも、流動的で不完全に見える場合に力を発揮することがあります。なぜなら、可視的な制度は、聖霊の働き、神の働きに余地を残すことが求められるからです。
擬似的なものは、純粋な教派教会からみると、不完全であり、「教会ごっこ」であると揶揄されることもありますが、教会が時空内にある限り、常に完璧とはなりえない終末的な共同体であることを思うなら、擬似的なものの形成は重要な意義を持ちます。ただし、わたしたちは、天の教会を仰ぎ見て、キリストの体である不可視的教会にもっともふさわしい自己形成を常に求められていることを忘れてはなりません。擬似的な中会制度としての地域共同体の形成は、不完全で途上にはあるものの、自発的な教会形成への志を持つという点では真剣です。
擬似的な教会は、目に見える姿は不完全であっても、不可視的な公同教会に連なることで、み言葉の説教と聖礼典が指し示す高挙の主イエス・キリストの主権の下に存在します。教団にあって、教区に代わって、自発的な教会の地域共同体形成が可能なのは、それらが、復活し高挙された主イエスをさやかに指し示す場所においてです。各個教会の礼拝のみならず、地域の諸教会の共同体がささげる礼拝が、この信仰において一致する限り、そこに天の主イエスに連なる、新しい信仰共同体形成を実現へと導くことになります。
わたしたちの運動は、教区において、ある種の自由空間を確保することで、み言葉の説教と聖礼典の理解と実践において一致する諸教会を糾合し、相互の伝道協力態勢を拓くことにあります。この場合、教区は、自由空間の積極的な意義づけから判断すれば、あくまでも便宜的なものであり、教区の境界線を越えて、新しい諸教会の交わりと相互伝道協力の可能性は常に存在すると言えます。新型コロナウィルスの感染拡大という予期せぬ事態は、教会の礼拝の在り方や教会理解を変化させています。
礼拝をYouTubeで同時配信しながら、遠方にいる方々が、毎週礼拝にオンラインで参加してくださる新しい礼拝参加の在り方を経験しています。さらに、遠隔地にいて礼拝につながっている方々が、教会のメンバーになることが可能かという問題提起もありました。さらにオンラインでつながるところに、諸教会の協力組織を構築する可能性も考えられます。また、神学研究と教会のネットワークも、比較的安価で構築が可能となりました。長老、執事、役員の研修会、牧師の研修や研究発表も、オンラインで十分可能です。場所を設ける費用や交通費、通信費の節約によって生じた資金を新たな試みに投下することもできます。新しい神学校の開設もオンラインで可能となりました。これまでの体制にとらわれない、新しい伝道協力組織の形成を今こそ図るべきです。
(3) 教団の中にある協議会運動
教団の教会は、牧師招聘が、各個教会においてなされるという教憲・教規上の規定の上に立っています。地域長老会形成は、この各個教会の招聘制度を何らかの形で打ち破るか、修正を加える課題を負っています。
牧師の招聘制度は、教団に各個教会主義という原理を提供します。招聘制度は、各個教会と教師との関係を規定します。各個教会が教団に属し、公同教会を信じる群れであっても、教師と教会会衆の相互関係こそ、第一の関係とならざるをえません。さらに招聘制度は、純粋な長老教会や監督教会の制度とは相いれないゆえに、長老制度を志向する教団内の多くの教会は、招聘制度を補う教会的な補助装置を必要とします。このような補助装置が、先の自由空間で形成されることを求めます。例えば、招聘される前に、同じ信仰と説教理解、聖礼典理解に立つ地域の諸教会が、招聘内容を吟味し、承認するという方法も考えられるでしょう。あるいは、地域の諸教会が、ふさわしい教職を選好し、各個教会に推薦することも可能です。あるいは、各個教会で招聘した教職者に対して、教団信仰告白等の拘束性を認めることを誓約させることもできます。協議会運動は、このような補助装置を地域ごとに造り上げることを求められます。
しかし、日本基督教団では、各個教会の牧師の招聘には、各個教会の総会が不可欠な法的な手続きです。この教団の法にしたがって、牧師招聘を行ってきた教会は、ただちに改革長老教会の神学にしたがった招聘方法を行うことが難しい場合もあります。その場合には、地域長老会の議長は、それを上から監督のように推し進めるのではなくて、常に牧会的な助言と励ましをもって導くことを求められるでしょう。
わたしは、これまで40年近く、教団の教会論形成の可能性を探求してきましたが、結局それは不可能ではないかという結論に近づきつつあります。献身して神学生時代を過ごした弦巻教会、開拓伝道した泉高森教会、旧日本基督教会時代の伝統継承をかなり自覚的に行ってきた十貫坂基督教会、そして霊南坂教会の伝統を受け継ぐ、旧組合教会の大森めぐみ教会などにこれまで奉仕してきました。わたしの教会論形成を促したのは、現在の教団や教団の諸教会ではなく、可視的教会形成を突き動かす復活の主イエス・キリストのリアリティとそのリアリティを共有する諸教会、諸教師たちの神学です。リアリティが大切だという認識は、可視的なものを軽視することにはつながらず、むしろこのリアリティから可視的教会の相応しい在り方を探求する他はないと考えるようになりました。それは、遣わされた教区や地区で、信仰に基づきながら、柔軟に、また賢くということです。
わたし自身は、この現臨の確信は、み言葉の説教の語り手であると同時に聴き手であるという経験から与えられたものであり、聖礼典における恵みの出来事でありました。それゆえに、聖書とともに、生きた伝統こそ、地域の諸教会の一致形成を促すゆえに、教団の教会論形成の要には、プロテスタント教会が、真の教会のしるしとして重んじてきた「み言葉の純粋な説教と聖礼典の正しい執行」の十全な理解が不可欠であると確信するようになりました。
そこで、わたしは、「み言葉の純粋な説教と聖礼典の正しい執行」の理解を共有し、それに基づいて教会形成と伝道を継続的に担うことのできる教師養成に全力を注がねばならないと思うようになりました。昨今の神学校の劣化という現状を顧みて、協議会運動が教師養成を再考し、新しい教師養成制度の可能性を検討する必要があるのではないかと考えています。それは、必ずしも教団の教会論形成を必要としません。むしろ大切なことは、自分が奉仕している教会から、そもそも教団にあって、公同信仰に立つ教会形成はどうして可能かを問い続けるところにあるのではないでしょうか。教団の中にある協議会運動に参与する教会は、同じ問いを共有できます。
(4) 教師養成と神学校改革
改革長老教会の伝統を共有する諸教会の協力という視点から、教師と教師養成について考えてみましょう。第一は、植村の言う「根本信仰」を共有できる教師の養成を再考する必要があります。改革・長老教会の制度形成が、教団内でどのように実現できるかを神学的に吟味し、さらにその具体的な方策を検討できる力量を持つ教師の養成が必要です。
教団の教師養成は、教憲第9条によって、教師が「神に召され正規の手続きを経て献身した者」であることを前提とします。そこで献身の内容、神に召されていることの内容を協議会が検討し、一致した見解を出す必要があります。これは、説教とは何か、聖礼典とは何かを教師が十分理解し、さらにその理解に立った教会理解を有しているかを、教師に教育し、各個教会がその理解に生きて礼拝する共同体形成を不断に行う実践を求めるものです。つまり教師がどれほど「根本信仰」を共有できているかを自己吟味しながら、教団にある協議会運動参加教会と教師にそれを広げていく必要があるでしょう。「根本信仰」が共有されるところは、ある種の自由空間でよく、教区や地区などの枠に必ずしもとらわれる必要はありません。「根本信仰」で一致できれば、他教派の教職の教団教師への転入も積極的に進めることができます。
神学校についていえば、日本の神学校で神学教育を完結させるのではなく、教師養成そのものをインターナショナルにする方向性が出てきます。具体的には、台湾、香港、韓国、アメリカ、スコットランドなどの神学校と提携して、神学生の自由往来、単位互換などを促進する道を模索します。
教団立神学校である東京神学大学は、法人としての主体を持ちますが、いわば閉じた共同体ゆえに、硬直化が進んでいます。硬直化の原因は、学長が新卒者の人事を一人で行うところに原因があります。前近代的な制度維持の現実があり、学生たちは自由な批判ではなくて、教師の顔色をうかがうようになります。また、教師の側に、神学生や牧師への人権意識が低い現実があります。ハラスメントへの対策の鈍さも存在します。また東京神学大学の場合、紛争後に、正統性の維持を錦の御旗とするも、その内実を問われず、学生と教師相互の切磋琢磨が失われ、自由な学問への気風も減少していると感じています。
神学校が、召命共同体としての特殊性を、社会一般の常識や公共性に増して強調し、保持しようとするあまり、大学として、学問研究のスタンダードを維持しつつ、伝道へのパッションの共有を維持できる信仰共同体形成が疎かにされてきたのではないかと推測しています。今や東京神学大学を、アジアの中心的神学校などと考えることはできませんし、「東京神学大学から伝道のうねりを起こす」「伝道者を掘り起こし、伝道者の再教育の場を提供する」などと、ある時期の学長は講演したことがありますが、今やそのスローガンがどこまで現実性を持つかは大いに疑問です。
そこで、早急に神学校改革を進める必要があります。第一に、学長が職務として新卒学生全員の人事を行う制度を改める必要があります。第二に、学生に対する人権感覚の欠如を自覚し、学内制度改革を行う必要があります。特に、大学学部の入試で、大学院進学の可否まで決められる入試制度を早急に改善する必要があるでしょう。第三に、理事会の改革の必要です。アメリカの神学校では、理事会改革から神学校改革が進められていると聞いています。教会政治の領域ではなく、神学という学問領域と大学のガバナンスにおいて指導力を持ち、バランスの取れた見識を持つ理事会が、神学校運営にあたることが必要なのです。理事会が、教団内の教会政治の力学から構成されるようなことがあってはなりません。教授会を信頼しつつ、時に、教授会と対話しつつ、神学の研鑽において、常に進取の気性をもって、神学校の運営にあたるのが理事会の務めでしょう。さらに評議員会の位置づけと役割の再吟味も求められます。文科省による大学改革の一環として、理事会と評議員会改革が大きな課題となっています。国の大学の在り方に先んじて、神学大学もまた自己改革を進めていくことが求められるでしょう。改革の無いところには、滅びしかありません。
神学校改革も、結局のところ、植村の語る「根本信仰」に根差した神学教育を常に創出できるかにかかっています。これは、神学教師の課題となりますが、同時に日本基督教団内の連合長老会や改革長老教会協議会運動が、神学教育と神学教師に何を期待するかという点にもかかってきます。
東京神学大学は、学生の急激な減少に悩み、定員の引き下げ、神学研修枠の創設などを行ってきましたが、これらは対処療法にすぎません。定員割れが起こり、私学助成の大幅なカットがすでに行われました。当然のことながら、財政の逼迫にもつながるでしょう。一方で、キャンパス内の施設の充実ははかられますが、その場所で学ぶ、献身の志をもった神学生が極端に減っている事実があります。これは、神学校の危機であり、教団の教師養成の危機につながるでしょう。
わたしは、これに対処するために、一定数の講義を英語で行い、アジア諸国、アメリカなどからの留学生を受け入れて、同時に日本語講座を充実させて、初年度は英語で、2年目以降は日本語で講義を聴き、やがて、外国人を含めた献身者の中に、日本伝道へと遣わされる人材を見出したらどうかと再三提案してきました。しかし、この提案はこれまで真剣に議論されたことはありませんでした。
そこで、わたしは、改革長老教会協議会が、神学教育を東京神学大学にもっぱら委ねるのではなくて、教師養成の何らかの段階で教団の自由空間を生かした役割を果たすことができると考えています。植村の言う「根本信仰」の伝達と教育とともに、教師が国際的になって、アジア諸国への伝道、世界への伝道の志を共有できる牧師養成を目指すべきと考えています。
そのために、一人一人の教職が、聖霊の力に押し出されて、罪の赦しを成し遂げてくださった神の御子イエス・キリストの現臨の確信の中で、御言葉の説教の奉仕と聖礼典執行という喜ばしいつとめにあたることを求めます。この確信があれば(これは主観的でも主体的でもなく、神の下さった恵みの確信です)、改革長老教会協議会運動は、地域から日本へ、そして世界へと拡大するでしょう。まず韓国や中国、アジア諸国の教会との連携は必須です。彼等とともに伝道することで、わたしたちの国内の伝道も成果を挙げることができるでしょう。そこから今度は逆方向に、世界から日本、そして地域と福音伝道は動き出し、地域と日本での伝道の停滞を打破することができると信じます。
復活の主イエスは、天に昇られて今生きて働いておられます。聖霊は、み言葉の説教において、聖礼典において、わたしたちと天のキリストを一つに結び付けます。罪の体は、天上のキリストの体と一つに結合されて、永遠の命が私たちに注がれます。ここに救いと希望の根拠があります。改革長老教会協議会運動は、真の伝統理解を回復して、聖書と信仰告白が証言する、昇天された主との交わりへと諸教会を招き入れましょう。ここに教団内の諸教会の再生の可能性があると確信しています。
- 本稿は、全国改革長老教会協議会牧師会(2019年9月30日(月) 於仙台東一番丁教会)でなされた講演「地域から日本、世界へ -伝道協力の労苦と喜び」に基づいて加筆修正された論文である。2019年のコロナ前の講演であったが、その後の世界の状況の変化を踏まえて、原稿に手を加えた。
- カルヴァンの神学と悪との戦いの関係については、拙稿「カルヴァンにおける福音の偽装と信仰」『歴史神学研究』第4号(歴史神学研究会、2020年)「カルヴァンにおける悪の問題(1)」『歴史神学研究』第5号(歴史神学研究会、2021年)参照。
- 以下の叙述は、拙稿「伝統」『新キリスト教組織神学事典』(教文館)によっている。
- ローマ・カトリック教会では、トリエント公会議以降、伝統は、聖書と並ぶ教理の源泉と考えられるようになり、独自の価値を有して、聖書を補うものと理解されるようになっていきます。ローマ・カトリック教会の二源泉論は、確かに一部の教父に淵源する思想ではありますが、われわれの伝統理解と対立することは明らかです。プロテスタントの伝統理解では、啓示に向かう信仰が、神の言に聴くところから生起するゆえに、伝統は信じる対象ではなく、信仰の伝承が真の生命を指し示すという意味で、生命に触れるものです。そこで、伝統は、神の言として聖書の言葉に聴くところに根拠づけられます。
伝統概念は、東方教会においては、独自の仕方で積極的な意味を持ちます。東方教会では、ローマ・カトリック教会のように、聖書と伝統の法的な位置づけには関心を示すというより、むしろ伝統を、ギリシア教父思想の源泉に戻って、教会における聖霊の生命的な力を意味するものと理解するようになります。教会のあらゆる営みが、聖霊の力の浸透によるのであれば、教会は伝統の力に生きると考えられました。伝統は、聖書と相矛盾したり、補ったりするものではなく、聖書を解釈せしめるキリストの生命そのものであると理解されるようになるのです。 - 基本線は、「基本信条(殊にニカイア・コンスタンティノポリス信条)が告白している信仰を規範とし、改革長老教会の伝統に立って日本基督教会が1890年に制定した信仰の告白を失うべからざる信仰の遺産として継承し、日本基督教団信仰告白を承認して教会を形成する」とあります。さらに第1回協議会申し合わせを参照
- 新約聖書は、聖霊の本質と働きについて、多くの証言をしています。聖霊は、イエス・キリストのわざが救済の奥義であることを明らかにするとともに、受肉者の位置をあらわにします。聖霊の導きによって、信仰者はナザレ人イエスを「主」と呼ぶことができます(コリント(一)12:3)。さらに信仰者は、慰め主にして助け主なる聖霊の教導をいただいて、地上の生を送ります。聖霊は、わたしたちに再生と新生をもたらし、聖化へと導く特別な働きを行います(コリント一10:3,4、ガラテヤ5:16など)。聖霊は、わたしたちの祈りをささえ、執り成すとともに、信仰を堅く保たせます(ローマ8:26、ヘブライ7:25、ヨハネ(一)2:1、テモテ(Ⅱ)1:14)。これらの聖霊の具体的な働きは、主イエス・キリストの現臨を確実に信仰者に知らせる働きに収斂していきます。わたしたちの罪の贖いの死を遂げてくださったイエス・キリストは、死に勝利して復活し、その後天に挙げられて、神の右に座しておられる神の御子です。今は、わたしたちの目には見えませんが、聖霊として教会に臨み、働き給うのです。聖霊のもっとも重要な働きは、主イエス・キリストの現臨を信仰者に保証し伝えるところにあります(マタイ28:19、20など)。